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米国カリフォルニア州で特許事務所を経営する米国パテントエージェント兼日本弁理士が、日々の業務で体験した事、感じた事を綴っています。

閑話 -翻訳の難しさ-

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アメリカの事務所で働く事のメリットとして、米国における実務や英語に関するたわいもない疑問について、ネイティブのアメリカ人に比較的気軽に質問したり教えを乞うことができる点がある。

今回は、アメリカ人の同僚のパテントエージェントとの雑談(英語を教えてもらいに行ったついでの雑談)の中で学んだこと、というか、感じた事を紹介したい。

私にしてみれば、日本語⇔英語という言葉の変換、つまり「翻訳」だが、その難しさをつくづく実感したエピソードなので、自分の中で「ふーん」と思って忘れてしまうのも勿体ないと思い、書き留めておく次第である。具体的には以下のような話だ。

英単語の中には、全く異なる複数の意味を持つものがある。。。気がする。そのような単語について、アメリカ人が感覚的にそのような単語をどのように捉えているのかを聞いてみたのだ。

例えば、“observe”という単語を英和辞典で調べると、「観察する」等の他、「(規則など)を遵守する」等の語義が書かれている(オンライン辞書 weblioより抜粋)。実際、どちらの意味でも普通に使われている。

また、同単語の意義として、英英辞典では、(1)「to see and notice something」 (2)「to watch something or someone carefully」(3)「to do things and obey laws that are part of a religion or custom」等という意義が書かれている(Longman Online Dictionaryより抜粋)。

そうすると、アメリカ人の頭の中では、(全く異なる2つの意味を併せ持つように思える)この単語はどのようにイメージされているのかという事が気になったわけである。

で、そのアメリカ人の答えは、「observe」という語は、あくまでも「observe」として、一つのイメージしか頭の中にはない、だった。

確かな根拠があるわけではない。不勉強な私の印象でしかなく恐縮なのだが、恐らく、一般のアメリカ人(英語のネイティブスピーカー)は、「observe」という語を見たとき(又は聞いたとき)、例えば「ある程度重要性の高いものを、重要なものとして、しっかり見守る」というようなイメージを持つのではないだろうか。そのような意味で、「observe」という単語には、上記のようなイメージが土台として潜在的に存在し、辞書で定義されているような語義は、あくまでもその土台から派生した表面的な語義なのかもしれないなあ。。。と思ったりするわけです。

では反対に、(英語との対比で)日本語にもそのような単語はないだろうか。つまり、英語に変換してみると、明らかに異なる複数の語義を持つ単語だ。

私の中で、なかなか適切な例が思い当たらないが、例えば、日本語の「精度」という言葉はどうだろうか。「精度」という言葉を聞くと、正確さの度合いとか、そのような意味をイメージするのではないだろうか。では、正確さとは何か。この単語を英訳すると、一般には、「accuracy」又は「precision」という訳になると思うが、少なくとも私の理解する限り、機械、電気、化学系の分野において、「accuracy」と「precision」は、かなり、どころか全くと言って良いほど意味が異なる。

「accuracy」という語は、「測定値等が真の値にどれくらい近いか」を意味する。その一方、「precision」という語は、「繰り返しの測定において測定値のばらつきがどれだけ小さいか」を意味する。

例えば、100gの石ころを重量計(A)で50回計ったところ、「85g、111g、104g、102g、128g、70g...」と計測結果にかなりばらつきがあるが、50回分の測定値を平均するとキッチリ100gになったとする。この重量計(A)の「accuracy」は非常に高いが、「precision」は非常に低いということなる。

その一方、同じ100gの石ころを重量計(B)で50回計ったところ、「72g、73g、72g、72g、71g、72g...」と計測結果にほとんどばらつきがないが、50回分の測定値を平均すると72g(真値からかなり離れた値)になったとする。この重量計(B)の「precision」は非常に高いが、「accuracy」は非常に低いということなる。

このように、英語の発想では、「如何に真値に近いか」、「ばらつきの少なさ(再現性の高さ)」という明確に異なる2つの意味を曖昧に併せ持った「正確さ(精度)」という一つの単語を、日本人の我々は違和感なく使い、イメージしている。

もっとも、英語がネイティブのアメリカ人でも、ある程度技術のバックグラウンドを持った人でなければ、「accuracy」と「precision」の意味の違いを理解していない事も珍しくはないと思うので、これは先の「observe」と対比するに必ずしも適切な例ではないかもしれないが。

もう少し一般的な(日常で使う)単語として、「辛い」もその例に当たるかもしれない。胡椒の「辛さ」と唐辛子の「辛さ」は明らかに違うと思うが、我々日本人は、これら2つの異なる食感をあまり違和感なく「辛い」という一語で片づけている。しかし、英語には、少なくとも「spicy」、「hot」という使い分けがある。もっとも、「spicy」は刺激的な感覚、「hot」は体が熱るような感覚を意味すると思うので、この両者が胡椒の「辛さ」と唐辛子の「辛さ」に対応しているとは必ずしも言えないとは思うが。

上述の話は一例にすぎず、日本語から英語への翻訳作業には、日本語⇔英語の一単語対一単語の変換では伝えきれない微妙なニュアンスの違いがある。このニュアンスの違いを埋めるのが翻訳者の究極の技と思うのだが、一つのセンテンスや文脈における位置づけによって最も適切な訳は異なるかもしれない。また、それがクレームであるか、明細書本文であるか、それとも中間処理における審査官への反論であるか等によっても正解は異なるだろう。本当に難しい仕事なのだと思う。

翻訳の話から少し逸れるが、特許出願の代理人の仕事の本質を一言で簡潔にまとめよと言われれば、私ならこう答える。

「発明の本質を正しく理解し、その発明について適切な効力範囲を有する特許権が得られるよう、特許庁(審査官)に伝えること。」

その為に、日本語を英語に変換するという作業の難しさのみならず、例えば法上の発明の捉え方や解釈の基準さえも異なる国で、オリジナルの発明の趣旨や、出願人(知財部門)の戦略的な意図を正しく反映させた仕事をするのが如何に難しい事かと、つくづく実感する今日この頃だ。

我々のように、元々日本企業で生み出された発明を米国の特許商標庁(USPTO又はUSPTOの審査官)に伝える事を使命とする場合、日本の技術者や知財部門の意図が正しく英語に変換され、USPTOの審査官に伝えられるか否かが、仕事の質を決定づける非常に大事な鍵となることは想像に難くない。そしてこのような仕事は、決して一人で完結できるものではない。

(1) 発明者や企業知財部に最も近い日本の代理人の方がその意図を正確に汲み取り、(2) 翻訳者の方が上記のような難しい作業に神経をすり減らしながら翻訳を完成させ、(3) 最下流において我々のような米国出願代理人が、米国特許制度とその運用に照らし最も効果的にUSPTOの審査官に伝えること、この連携があってはじめて「良い特許」、「強い特許」が取れるのだと思う。

言うは易し、行うは難しであるのだが。

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プロフィール

中西康一郎 (Koichiro Nakanishi)

Author:中西康一郎 (Koichiro Nakanishi)
日本の特許事務所、企業知財部勤務の経験を経た後に渡米し、米国の特許法律事務所に8年勤務後、米国テキサス州ヒューストンにおいて、日本企業の米国特許出願代理を専門とする代理人事務所(Nakanishi IP Associates, LLC)を開設しました。2016年5月、事務所を米国カリフォルニア州サクラメントに移転しました。

現在、Nakanishi IP Assocites, LLC 代表

資格:
日本弁理士
米国パテントエージェント

事務所名:Nakanishi IP Associates, LLC
所在地:
6929 Sunrise Blvd. Suite 102D
Citrus Heights, California 95610, USA

Website:
Nakanishi IP Associates, LLC

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