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米国カリフォルニア州で特許事務所を経営する米国パテントエージェント兼日本弁理士が、日々の業務で体験した事、感じた事を綴っています。

IDS実務に潜む危険(その2)

前回、英語以外で書かれた特許文献について、当該文献の「関連性についての簡潔な説明」として、英文抄録(Abstract)を提出する事の危険性について話をした。

その理由をごく端的に言えば、提出した英文抄録(Abstract)が、対象出願の特許性とは関係のない部分である可能性があるからである。

今回は、対象出願の特許性とは関係のない部分の英訳のみを提出し、実際に関係のある部分の英訳を提出していなかった事により、特許が行使不能になった判例を紹介する。

Semiconductor Energy Laboratory Co., Ltd. (“SEL”) v. Samsung Electronics Co., Ltd. (Fed. Cir. 2000)

本事件は、半導体研究所が、液晶に使用される半導体素子の発明に関する自社の特許(U.S. Patent No. 5,543,636(’636特許))について、サムソン電子を特許侵害で提訴した事件である。

 同事件において問題になった’636特許について、同特許の出願直後に提出されたIDSには日本の特許公開公報(特開昭56-135968)が含まれていたところ、出願人は、同文献の原文(日本語)と「(同文献と出願にかかる発明との関連性についての)簡潔な説明」(“Concise Explanation of Relevance”)として、同文献(全文26頁)のうち1頁の英訳を提出した。

下記は、本事件における裁判所による見解の抜粋であるが、この部分は、現行のMPEPにも引用されている。

(MPEP § 609A(3) merely indicates that “[t]he concise explanation may indicate that a particular figure or paragraph of the patent or publication is relevant to the claimed invention.   It might be a simple statement pointing to similarities between the item of information and the claimed invention.”   Thus, “[A]lthough MPEP Section 609A(3) allows the applicant some discretion in the manner in which it phrases its concise explanation, it nowhere authorizes the applicant to intentionally omit altogether key teachings of the reference.”)

日本語にすると、概ね以下のような感じになるかと思う。

MPEPは、単に「『簡潔な説明』(Concise Explanation)というのは、特許や刊行物の(全体)うち、クレーム発明に関連性のある特定の図面や段落であってもよく、提出文献とクレーム発明の類似性についての簡単な説明であってもよい」という趣旨の説明をしているにすぎず、簡潔な説明の表現方法について、出願人に自由な裁量を許しているわけではない。当然、提出文献における重要な教示を意図的に省略する権限など、出願人に与えていない。

上記の裁判所見解には、2つの重要なポイントがあると思う。

(1)先ず、文献の一部の英訳を提出する事は、文献全体の英訳を提出する事とは、全く意味が異なる事である。つまり、文献の一部の英訳は、IDSの提出により「誠意誠実の義務」(duty of candor and good faith)を果たすという観点では、同文献の英訳ではなく、あくまでも (同文献と出願にかかる発明との関連性についての)簡潔な説明」(“Concise Explanation of Relevance”)であるという事。

(2)それから、IDSにおいて、英語以外で書かれた文献と共に同文献の一部の英訳を提出した場合、万一、同文献と出願にかかる発明との関連性について、英訳を提出した箇所よりも重要な箇所が、同文献に存在していた場合、出願人が意図的に、審査官の目が重要な箇所から逸れるように仕向けたと解釈される可能性が高いという事。

上記SEL v. Samsung事件における裁判所見解の一部が、現行のMPEPに、(わざわざ?)そのまま引用されている事からも明らかなように、USPTOとしては、暗に、彼らが以下のような立場である事を示唆しているように思う。

「手続き上、『提出された文献と出願に係る発明との関連性についての簡潔な説明』として、何を言うのも出願人の勝手であるし、英文抄録(Abstract)を提出してそれが『関連性についての簡潔な説明』だとおっしゃるのも勝手です。出願人はそう言ったと記録しときます。だけど、責任は持ちませんよ。」

そもそもIDSというのは、「発明者、その他の出願関係者が知る(又は当然知っているはずの)先行技術文献について、その情報を正直に審査官に提供する」という制度だから、「提出された文献と発明との関連性についての簡潔な説明」として、出願人が何を言ったとしても、その説明を受ける側(USPTO)が「それは違います」等と反論したりするのは筋違いかもしれない。出願人が主観を述べているのに対して、審査官がこれを否定する理由がないからだ。しかし、それが本当に「提出された文献と発明との関連性」を正直に、そして適切に説明したものであるかのか、それを判断する権限を持ち得るのは、結局は裁判所のみ、という事になるのだろう。ご存知のように、「誠意誠実義務の遵守」などいう建前は、日本の特許法にはない。そのような概念が「義務」として、出願手続きのルールに組み込まれたのがIDSなのだから、これが日本の実務家にとって、感覚的に理解し難いのは、当然なのかもしれない。

たかがIDS、されどIDS、ですね。

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プロフィール

中西康一郎 (Koichiro Nakanishi)

Author:中西康一郎 (Koichiro Nakanishi)
日本の特許事務所、企業知財部勤務の経験を経た後に渡米し、米国の特許法律事務所に8年勤務後、米国テキサス州ヒューストンにおいて、日本企業の米国特許出願代理を専門とする代理人事務所(Nakanishi IP Associates, LLC)を開設しました。2016年5月、事務所を米国カリフォルニア州サクラメントに移転しました。

現在、Nakanishi IP Assocites, LLC 代表

資格:
日本弁理士
米国パテントエージェント

事務所名:Nakanishi IP Associates, LLC
所在地:
6929 Sunrise Blvd. Suite 102D
Citrus Heights, California 95610, USA

Website:
Nakanishi IP Associates, LLC

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