IDSというのは、米国特許出願に関する手続きの中でも、日本の実務家にとって、かなりわかり難い部分が多い手続きではないだろうか。
IDSの実務については、非常に多くの興味深いトピックがあるが、今回は、割と多くの方が誤解しており、しかも、その誤解が場合によっては大きなリスクを生む可能性がある一つの側面について、話をしたいと思う。
個々の米国特許出願について、出願人に課される義務であって、出願人、発明者、代理人等の関係者が知っていたか、登録までに知得した情報であって、同出願に含まれるクレームの特許性に影響を及ぼす(material to patentability)と考えられる情報を、所定の形式で、審査官に提供しなければならない。この審査官に提供すべき所定の形式の書面情報がIDS(Information Disclosure Statement(情報陳述書))である。より具体的には、IDSは、書面情報のリスト及び(情報の性質によっては)書面情報の写し及び/又は翻訳等の付随情報を含む。 (37 C.F.R.§1.56,§1.97,§1.98)
その提出のタイミング(制約)については37 C.F.R.§1.97、提出すべき情報の内容や形式については37 C.F.R.§1.98に規定されている。
IDSの提出義務に違反した場合、つまり、知っていた情報を提供しなかったり、情報を歪めて提供したりすると、出願における「誠意誠実の義務」(duty of candor and good faith)に反したという理由で、将来、特許が権利行使不能になる恐れがある。
今回のトピックは、特に、IDSに関連する以下の事項である。
英語以外の言語(非英語)で書かれた書面(先行技術文献等)をIDSの提出文献とする場合、当該提出文献の(1)「英訳」又は(2)「関連性についての簡潔な説明」の何れか一方を提出しなければならない。
「英訳」の提出については、厳密には「全文英訳」又は「クレームの特許性に影響を与える部分」であって、それが手元にあるような状況(within the possession, custody, or control of, or is readily available)であれば、それを提出する必要がある。そして、「英訳」を提出した場合、「関連性についての簡潔な説明」は提出しなくてもよい。(MPEP 609.04(a)(III))
また、手続き上、提出対象となる文献の「関連性についての簡潔な説明」として、英文抄録(Abstract)を提出してもよい事になっている。(MPEP 609.04(a)(III))
であるが、IDSの実務において、非英語の文献にAbstractを付けて提出するのは、かなり危険な行為であり、むしろ避けるべきであると考える米国代理人は多い。私もそう考えている。
なぜかと言うと、上記の説明から明らかなように、Abstractの英訳の提出 は、いわゆる「英訳」の提出ではなく、「関連性についての簡潔な説明」の提出とみなされる。
そして、「関連性についての簡潔な説明」というのは、建前上、その文献と当該出願の発明の特許性との関連についての説明である必要があるので、そのような観点では、 Abstractというのは、むしろ全く見当はずれの事が書いてある可能性の方が高いと言っても良いだろう。つまり、「Abstractの提出」=「当該文献の全体の内容のうち、あえて当該出願の特許性とは関係のない説明を審査官にする事(misdirection of the examiner's attention from the reference's relevant teaching)」、という解釈が成り立ってしまうのだ。審査官を欺く行為⇒「誠意誠実の義務」(duty of candor and good faith)の違反、となるわけである。
対象出願の特許性とは関係のない部分の英訳のみを提出し、実際に関係のある部分の英訳を提出していなかった事により、特許が行使不能になった判例は実際に存在する。
ご参考になれば幸いです。
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