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米国カリフォルニア州で特許事務所を経営する米国パテントエージェント兼日本弁理士が、日々の業務で体験した事、感じた事を綴っています。

「物理的に組み合わせる事ができない」という議論 -103条(非自明性)違反の拒絶に対する反論-

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米国特許出願のクレームに記載された発明(クレーム発明)について、審査官から、「先行技術文献(A)に開示された装置の構成要素(a)と先行技術文献(B)に開示された装置の構成要素(b)を組み合わせることでクレーム発明を作り出すことは、当業者にとって自明であるため、本願のクレーム発明は特許性がない(米国特許法103条違反: 非自明性の欠如)」という趣旨の拒絶理由通知(Office Action)を受けたとする。実際、よくある類の拒絶理由である。

このような拒絶理由に対し、「文献(A)の構成要素(a)と文献(B)の構成要素(b)を組み合わせる事は『物理的に不可能』であるから、これらを組み合わせてクレーム発明を創造することはできない。従って、文献(A)と文献(B)からクレーム発明の特許性を否定することはできない。」という反論は可能だろうか。

原則を言えば、このような反論の理屈を審査官に認めさせる事は難しい、と言うより、一応できないという事になっている(MPEP2145(III))。

MPEP2145(III)には、以下のような記述がある。

III. ARGUING THAT PRIOR ART DEVICES ARE NOT PHYSICALLY COMBINABLE
"The test for obviousness is not whether the features of a secondary reference may be bodily incorporated into the structure of the primary reference.... Rather, the test is what the combined teachings of those references would have suggested to those of ordinary skill in the art." In re Keller, 642 F.2d 413, 425, 208 USPQ 871, 881 (CCPA 1981). See also In re Sneed, 710 F.2d 1544, 1550, 218 USPQ 385, 389 (Fed. Cir. 1983) ("[I]t is not necessary that the inventions of the references be physically combinable to render obvious the invention under review."); and In re Nievelt, 482 F.2d 965, 179 USPQ 224, 226 (CCPA 1973) ("Combining the teachings of references does not involve an ability to combine their specific structures.").

日本語に訳すと、だいたい以下のような内容になる(大雑把な意訳ですので悪しからず)。
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自明性についての判断は、第1の文献の構造に、第2の文献の特徴(機構等)を丸ごと組み込むことができるか否か(組み込む事によって発明を創造できるか否か)というものではなく、...むしろ、その判断は、それらの文献に教示されている事を組み合わせて考えた場合、それが、当業者に何を示唆する事になるのかという検証である(判例)。また、(複数の文献に照らしてクレーム発明が自明であると判断する為に)各文献の発明(開示技術)を組み合わせる事が『物理的に可能である』(“physically combinable”)という前提は必要ない(判例)。複数の文献における教示を組み合わせる(組み合わせたら何ができるか考えてみる)際に、各文献に開示された特定の構造を組み合わせるのに必要な技術まで考慮する必要はない(判例)。
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ここで言う「組み合わせる事が『物理的に可能』(“physically combinable”)」とは、どういう事を言っているのだろうか?

単純に考えると、日本の中間処理において、先行技術の組合せに基づいて進歩性無しとしてクレーム発明が拒絶された場合、審査官への反論としてしばしば効果的な「2つの先行技術を組み合わせることに対する阻害要因の存在」という理屈が、米国では通用しないという事のように受け取れる。なんとなく釈然としない話である。この「組み合わせる事が『物理的に可能』(“physically combinable”)」という言葉の引用元である判例(In re Sneed 事件(Fed. Cir. 1983))では、具体的にどのような事が問題になったのだろうか?

In re Sneed 事件では、再発行特許出願にかかるクレーム発明が、周知技術と特定の先行技術の組合せに基づいて自明(特許性無し)という理由で拒絶され、最終的には、その是非が連邦巡回控訴裁判所(CAFC)で争われた事件である。同再発行出願にかかる発明は、水または油を掘削装置に供給する方法の発明であった。クレームには、掘削塔において掘削用泥水を撹拌するための液体を圧送供給するための供給端末にパイプの端末を接続する方法であって、柔軟性のある(複数に分割可能な)パイプ、パイプの搬送車、モーター駆動のリール等の必要部材を、適宜に配置・操作する複数工程が記載されており、特に、分割された各パイプをリールに巻き取る工程、分割された各パイプをリールから繰り出す工程、さらに繰り出したパイプを繋げていく工程等が含まれていた。

ここで、発明の分野における周知技術として、従来、柔軟性のあるパイプを巻き取ったリールを適宜トラックで搬送し、必要に応じて繰り出し、巻き取り、必要に応じて分断したり接続したりする作業が行われていた。

また、折り畳み可能なホースを巻き取り/繰り出し可能な駆動装置付リール構造が開示された特許文献(以下、Nelson特許)が存在していた。審査官は、上記のような発明の分野の周知技術とNelson特許に教示された先行技術を組み合わせてクレーム発明を創造することは当業者にとって自明であると結論づけた。

これに対して出願人は、「Nelson特許に開示された装置は、『柔軟なパイプではなく』折り畳み可能なホース(つまり物理的・機械的な性状が異なるもの)であり、これを巻き取ったり繰り出したりする駆動装置付リール構造は、クレーム発明で採用されるようなタイプのパイプの使用には耐えられないはずなので、Nelson特許の装置を、発明の分野における周知技術と組み合わせることは『物理的に不可能』であるため、Nelson特許を周知技術に組み合わせる事は不適切である」というような趣旨の議論をした。

この出願人の議論に対し、裁判所は、「複数の先行技術の組み合わせに照らしてクレーム発明が自明であると判断する為には、各先行技術を組み合わせる事が物理的に可能であるという前提は必要ない」として、出願人の反論を突っぱねたわけである。

このIn re Sneed 事件において、裁判所は、確かに、「2つの先行技術(A,B)を組み合わせようとした場合、例えば、2つの先行技術文献における実際の開示内容を見て、例えばサイズとか、構造的な強度等といった物理的な要因により、先行技術(構造)Aと先行技術(B)とがかみ合わないから、組み合わせることができないという理屈は成り立たない」といった示唆をしているようではある。しかし、「2つの先行技術を組み合わせることに対するいわゆる阻害要因の存在」を根拠とした両先行技術に対するクレーム発明の特許性の主張を、完全に否定しているわけではないようにも思える。

つまり、裁判所の言わんとする事は、「2つの文献において、単純に何が(例えばどんな構造が)「開示」されているかを見るのではなく、本質的に何が『教示』されているのかを考慮し、その2つの文献における単純な開示内容(構造等)よりも、むしろ教示されている技術(思想的なもの?)を組み合わせて考えた場合に、当業者の常識で、クレーム発明が自明か否かを判断すべき」という事なのだろう。

実際、先に引用したMPEP2145(III)には、以下の但し書きが続く。

However, the claimed combination cannot change the principle of operation of the primary reference or render the reference inoperable for its intended purpose. See MPEP § 2143.01.

(以下、また大雑把な意訳です。悪しからず。)
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しかしながら、(第1及び第2の先行技術文献の開示内容を)クレームに記載されたように組み合わせた場合に、第1の文献の開示技術の本質的な機能に変更が生じるようなら、第1及び第2の文献の組合せに基づいてクレーム発明の特許性を否定することはできない。
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つまり、「第1及び第2の文献の開示内容(A,B)を組み合わせて発明と同一かそれを非自明と思わせる物が完成するとしても、発明の構成要素としてのAとBの役割、特性、或いは機能が、各文献に教示された本来のものから逸脱してしまうようなものになってしまう場合には、もはや第1及び第2の文献の開示内容(教示内容)を組み合わせてクレーム発明が完成するとは言えない」という事なのではないか。。。と思う。

何れにしても、複数の先行技術の組合せを不適切とする議論、或いは、組み合わせても発明は完成しないという議論は、ケースバイケースでかなりグレーな場合も多く、正否を決めることが非常に難しい気がする。

しかしこの事は、別の側面から見れば、審査官の採用する複数の先行技術文献の構成要素を組合せた結果物とクレーム発明を比べた場合、各文献の構成要素の性状等が『各文献に教示された本来のものから逸脱』しなければ発明と同等のものにならないようであれば、『審査官は、判例、又は、MPEPの解釈を誤っている』という主張も可能。。。だろう。

もちろん、一方の文献中に、他方の文献の開示技術との組合せを否定するような示唆があれば、“teach away”という根拠で、そのような組合せに基づくクレーム発明の完成を自明とする理屈を不適切とする議論も当然成り立つ。


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プロフィール

中西康一郎 (Koichiro Nakanishi)

Author:中西康一郎 (Koichiro Nakanishi)
日本の特許事務所、企業知財部勤務の経験を経た後に渡米し、米国の特許法律事務所に8年勤務後、米国テキサス州ヒューストンにおいて、日本企業の米国特許出願代理を専門とする代理人事務所(Nakanishi IP Associates, LLC)を開設しました。2016年5月、事務所を米国カリフォルニア州サクラメントに移転しました。

現在、Nakanishi IP Assocites, LLC 代表

資格:
日本弁理士
米国パテントエージェント

事務所名:Nakanishi IP Associates, LLC
所在地:
6929 Sunrise Blvd. Suite 102D
Citrus Heights, California 95610, USA

Website:
Nakanishi IP Associates, LLC

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